お別れを告げる

檀ふみが初めて父である檀一雄の住む能古島を、父のニューヨークの知人と訪れた後、島を出るシーン。
最期の別れを象徴する使われ方。

『緑の丘にポツンと赤い屋根の父の家は、海の上からでもよく見える。
「ほら、あそこ」と、ネピアさんと指を指して確かめあっていたら、家のかたわらで、両親がハンカチを振っているのに気がついた。人影はみるみる小さくなっていったが、白いハンカチはだけは、いつまでもゆらゆらと輝いている。
ネピアさんが、涙に目をしばたたかせていた。私まで、じわりと胸が熱くなってきた。

それから間もなくして、父は福岡の病院に入院し、そのまま帰らぬ人となった。』
檀ふみ 『父の縁側、私の書斎』

檀一雄は著作でもたびたびハンカチが登場するが、自身の生活の中で使用していたのがわかる。
白いハンカチというのが何とも印象深い。

小鳥の捕まえ方

ハンカチがたびたび出てくる作家がいる。
日常的に自身でも使用していたのだろう。
使い方が粋だなと感じるシーン。

「小鳥に相違ない。切り落としの短い鉛管の中に歩みこんでしまったのであろう。私の胸は騒ぎ立つのである。
急いでジャンパーをぬぎ取り、それを鉛管のあちら側にそっとかぶせて、こちらの端っこをハンケチで蔽う。造作はなかった。そのハンケチの隙間から、彼女の柔い羽毛が、私の手の中にコトコトとすべり込んでくるのである。」 檀一雄『火宅の人』

 

フィードサックの登場シーン

フィードサックは、アメリカで大恐慌の30年代、単に小麦粉などの袋である用途を離れて、様々な身の回りのものに使用されていました。
戦後の日本でも同様なことがおそらく当たり前であったのかもしれません。

そんなことに気づくシーン。
「細君は終戦直後の物資不足から、永いことメリケン粉袋を仕立て直したパンティをはいていた。そのパンティには商標のマークと文字が大きく捺印されてあって、もちろん、敗戦時の物資不足の折はまたやむを得なかっただろう。」『火宅の人』檀一雄

当時はいたしかたない状況だったのでしょうが、現在ではアップサイクリングの観点で、はきごこちはともかく、素敵かもしれません・・・

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