小鳥の捕まえ方

ハンカチがたびたび出てくる作家がいる。
日常的に自身でも使用していたのだろう。
使い方が粋だなと感じるシーン。

「小鳥に相違ない。切り落としの短い鉛管の中に歩みこんでしまったのであろう。私の胸は騒ぎ立つのである。
急いでジャンパーをぬぎ取り、それを鉛管のあちら側にそっとかぶせて、こちらの端っこをハンケチで蔽う。造作はなかった。そのハンケチの隙間から、彼女の柔い羽毛が、私の手の中にコトコトとすべり込んでくるのである。」 檀一雄『火宅の人』

 

フィードサック


現在展開中のヴィンテージハンカチフェアで展示しているフィードサックの元々の袋の状態です。
帯付きです。
小麦粉が入っていたもので、コピーライト1936年と書かれています。
裏側には「味に満足しなければ、返金します」といった、保証も書かれていてこのころからもそんな販売手法があったようです。

フィードサック
アメリカの30年代頃のヴィンテージ生地。小麦粉や飼料などがはいっていた袋で、大恐慌時代の厳しい時代、母親たちはこれらで肌着や洋服など身の回り品を作っていたそうです。柄で売れ行きが変わってくるので、メーカーもデザイナーで差別化をはかり、当時いろいろなデザインの袋が売り出されていました。

H TOKYOではそうした生地を使用し、1,2枚程度しかつくれない貴重なハンカチをつくっています。ちょっと地厚でざっくりとした生地感、なんともいえないデザインのレトロな雰囲気がたまりません。

フィードサックの登場シーン

フィードサックは、アメリカで大恐慌の30年代、単に小麦粉などの袋である用途を離れて、様々な身の回りのものに使用されていました。
戦後の日本でも同様なことがおそらく当たり前であったのかもしれません。

そんなことに気づくシーン。
「細君は終戦直後の物資不足から、永いことメリケン粉袋を仕立て直したパンティをはいていた。そのパンティには商標のマークと文字が大きく捺印されてあって、もちろん、敗戦時の物資不足の折はまたやむを得なかっただろう。」『火宅の人』檀一雄

当時はいたしかたない状況だったのでしょうが、現在ではアップサイクリングの観点で、はきごこちはともかく、素敵かもしれません・・・

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