一番好きなとっておきのハンカチ、つかいかた、思い出など、
ハンカチにまつわることを、H TOKYO/swimmieに関わる周辺のひとに、
お伺いしていきます。

今回は5年ほど前からH TOKYO、swimmieのハンカチを置いていただいている
島根・出雲の眼鏡店「シマネヤ」の飯島健太さんです。

飯島さんは本当に丁寧にハンカチを勉強して販売してくださり、
とてもとてもありがたい存在です。
そんな飯島さんご自身の歴史や好きなハンカチのこと、
「シマネヤ」のお店の歴史なども伺いました。

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—お持ちいただいたハンカチの好きなところ、
オススメのポイントは何ですか?

うちで一番出ているのでもいいですか?
それはもちろん「izumonesia」シリーズです。

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—「izumonesia」シリーズの中ですと何が一番人気ですか?

一番は「saniwasimenawa」で次は「ryunohige」です。
これがダントツ人気です。
izumoneshia以外だと朝倉さんのシリーズですね。
個人的にすきなのは、最近リネンが気に入っています。
今年からリネンの良さが分かる大人になりました。

—リネンをすきになるきっかけはありますか?

カミさんが「リネン最高!」って使っていて
使ってみたら濡れていてポケットに入れてもすぐ乾きますし、
使い勝手が本当によかったです。

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—今日はご自身がお使いのハンカチもたくさんお持ちいただいて
ありがとうございます!

はい。これはうちのお店で取り扱う前に
オンラインショップで初めて買ったものです。

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※上が新品のハンカチ。下が飯島さんが使い込んでくださったハンカチ

—ハンカチにアイロンがきちんとかかっていますね!

アイロンは必ずかけますよ。
「洗濯王子のアイロン術」っていう本を買いましたから。
シャツもかけますよ。

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—さすが眼鏡屋さん眼鏡柄も多いですね。

眼鏡柄は鉄板です。
このハンカチは眼鏡マニア受けがいいですね。
本当にヨーロッパにありそうなデザインがたくさんのっているんですよ。
だから同業者で眼鏡柄のハンカチが出たら
買っていく人がいるんですが「これすごいですね」って言ってました。
その人はヨーロッパの眼鏡を結構多く扱っている人なので。
でも自分の分は1枚確保したいので
お客さんに出す前に買ってしまっています 笑

—眼鏡ハンカチの中で一番気に入っているのは
このマニアックな眼鏡ハンカチですか?

そうですね。特に眼鏡業界の人に会ったりするときは
これを持って行きますね。

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—わたしたちも飯島さんの眼鏡ハンカチを見て
こんなにいろいろ作っていたんだなと実感しました。

お店に買い付けに伺って「見つけた!」と思っても
もう数枚しかないこともありますからね。

—それ以来眼鏡柄が入ったら飯島さん用にキープしてます。

ありがとうございます。

—今日のハンカチはritokeiの船ハンカチですね。
これは飯島さんのハンカチコレクションの中では変わり種ですか?

これはね「フェリーおき」がのってるんですよ。島根のなので。
やっぱりなんとなく人に見せたくなるんです
「ほらほら」って 笑

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—見せたくなるんですね!

そうです。なので基本リネンとかは
そういう要素がないので柄物を多く使っていたんですが
最近は見せびらかすと言うよりは実用的な部分で
ハンカチを選んでいます。

—H TOKYOを知ったきっかけはなんでしょうか?

たまたま有田さん ※が出雲をイメージしたデザインハンカチを
リリースしたと言う話が新聞記事にのっていたんです。
「izumonesia」をそこで知ってじゃあ買ってみようかって
自分のとカミさんのと母親のと、3枚注文したんです。
それでかわいいけんうちでも販売できないかねって
メールさせてもらってそこからうちでもハンカチを置いています。
※有田昌史さん 以前のインタビュー記事はこちら

—もう長いお付き合いをしてくださっていますね。

確か平成23年だったと思います。

—5年くらいお付き合いいただいてありがたいです。
実際にお店にも行かせていただいて
こんなにハンカチがたくさんあるなんて!と感激しました。

異常ですよね 笑
最初は10種類くらいからスタートして
ストックもそんなに枚数はなかったんですけど。
遷宮の年が本当にすごくて一番多い時は
ひと月に150~180枚は売れてましたね。

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※H TOKYOとswimmieも展開してくださっています。

—うちの入りたてのスタッフよりもハンカチのことや作家さんのことも
すごく勉強してくださって感謝しています。

いえいえ。
でも生地も奥深すぎて今は少し諦めていますけど。

—それにシマネヤさんが定期的に出している
新聞にもよく載せていただいて。

毎回確実に載せています。

—ハンカチを使う時のこだわりはありますか?

アイロンはほぼ必ずかけます。
カミさんはアイロンせずに持って出かけますけど。
僕はアイロンかけたい派なので。

—アイロンは昔から好きなんですか?

どうでしょうねえ・・・
でもかけなきゃいけないシャツとかはかけてましたね。
だけん、あんまり苦ではないんですよ。
まあピシッとしていた方が気持ちいいですから。

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—今日来ていらっしゃるシャツもすごく綺麗ですね!

ありがとうございます。
これもアイロンはあてています。

—アイロン上手ですね。

男の人の方が細かいんですよ。
多分そういうことは向いているんだと思います。
アイロンをかける時のこだわりはないんですが
いつも同じ面が出るとそこだけが色褪せてしまうので
できるだけ違う面が出るように心がけています。
今日はここに持ってくるかと思って
タグが1枚めくったここにくるH TOKYOのスタンダードスタイルで
アイロンをあててきましたが
いつもは変えるようにしています。
神経質ですよね 笑

—好きなハンカチの使い方はありますか?

いや、ただポケットに入れることですかね 笑

—その日のハンカチはどんな風に選びますか?

普通はそんなにこだわらないです。
眼鏡の展示会や商談に行く時は必ず眼鏡柄を
持つようにしています。
歩き回って汗をかいた時に眼鏡のハンカチを出すと
話も広がりますし。

—ハンカチは昔から持っていらっしゃいますか?

いやーもらいもんばっかりでしたね。
無頓着には持っていました。
まともに初めて持ったのは就職活動の時くらいでしたね。
スーツ着たのがその時初めてでしたから。
それまでは「男の子がハンカチなんか持って・・・」って 笑

—小さい頃に持っていた記憶はありますか?

ありますよ。
それこそハンカチちり紙は持つようにと学校から
言われていましたから。
持っていなければならないものの
持ち物検査もあったかもしれませんね。

—そのハンカチの柄は覚えていますか?

白しかなかったと思います。
みんな白じゃなかったですかね。
40年前に柄のハンカチなんてなかったと思いますけど。
周り見てもみんな白だった記憶があります。

—就職活動をする際に持ったハンカチは
ご自身で買いに行ったのですか?

いえ。その時の彼女が買ってくれたんですよ。
「これを持ちなさい」と何枚か。

—素敵な彼女ですね!

はい。おしゃれさんでしたね。
今思うと就職活動にしては結構カジュアルな
ハンカチをくれました。
でもハンカチには別れに意味があるって
聞いたことがあるんですが
それは実際にあるんですか?

—そうですね。
涙を連想させたり日本では「手巾(てぎれ)」と言うこともあり
あまりプレゼントには向かないと
言われることもあります。

うちのカミさんのおばあちゃんは
人にハンカチあげる時には「10円ちょうだい!」って
言ってからあげてたらしいです。
カミさんにハンカチをあげる際も
「ハンカチあげるから10円ちょうだい」って言ってたそうです。
そうじゃないとお別れになっちゃうから
買ったことにしたら別れにならんって
おばあちゃんが言いよったとカミさんが言ってました。
おばあちゃんは若い時に上海におられたそうなので
もしかして中国の伝統なのかなって思ったんです。
なのでうちではカミさんにハンカチをあげると
「はい」って10円をくれるんですよ。
それはカミさん家だけなのかなーって思っていました。

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※奥様の佐保子さん。「10円の話はおばあちゃんのオリジナルかも。ちょっと変わった人なので」
とのことで出典は不明とのこと。

—それは素敵なお話ですね!
ちなみに飯島さんはずっと眼鏡屋さんなんですか?

いや、はじめは家具のメーカーに勤めていました。
基本は営業でした。
商社だったので一般家庭の家具というよりは
ホテルとかのベットや造作家具や椅子などを売っていましたね。

—そうだったんですね。学校で家具を学んでいらしたんですか?

いやいや。僕は英文学科だったので。
何も就職には役立たなかったです 笑
でも目に見えてわかるものがよかったんですよね。
例えば製鉄会社だと自分の目の前で製品になる
と言うのとは少し違うじゃないですか?
それにはあまりピンとこなくて家具屋にしたんです。
まあ・・激務でした。
時代的にもバブルが弾けて、ガクンと落ちて
リストラの嵐でしたし正直地獄でした。

—それは大変でしたね・・・。
その時はスーツを着ていらしてハンカチは持っていましたか?

一応持っていましたね。
やっぱりもらい物が多かったですけど
どんなハンカチだったかは思い出せないくらいです。
でも何かブランドの名前が入っているようなものです。

—家具屋さんの後はご実家の眼鏡屋さんを継がれたんですか?

いや家具屋に1年ほど勤めて、会社が福岡だったので
その後福岡の眼鏡屋に中途入社しました。

—眼鏡屋さんにお勤めになったのはやはりご実家の影響ですか?

飯:そうですね。家が眼鏡屋だったので。
その頃はまだ父親も生きていましたし
結局田舎に帰ってもしょうがないなあと思って
福岡のチェーン店の眼鏡屋に2年ほどいました。
その後東京の眼鏡屋に勤めながら眼鏡の学校に行っていました。

—学校にも行かれていたんですね。

そうなんです。眼鏡について学ぶ専門学校が
あったのでそこに行っていました。
そこで目の中の仕組みやレンズのことなどを学びました。
後は基本的な数学や物理、光学などですね。

—東京はどのあたりで働いていらしたんですか?

江東区にある砂町銀座商店街と言うところです。
いろんな人がいるざっくばらんな街で
飯を食う暇もないくらい忙しいお店でした。
ハンパない売れ方でしたね。
ここで本当にいろんな経験をさせてもらいました。
2年くらいここにいました。

—ちなみにその間もハンカチは持たれていましたか?

そうですね。基本的にスーツでしたので
持っていないわけはないと思うのですが。
ちょっと記憶はないです。

—その後島根に戻られたんですよね?
きっかけはなんだったんですか?

父親が倒れたからです。その時はもう継ぐつもりで
帰りました。

—シマネヤさんの歴史を伺ってもいいですか?

はい。祖父の代で始めました。
創業は東京の早稲田の弦巻町で1940年代始めくらいでした。
時計・眼鏡屋としてスタートしました。
その後戦争があって島根にUターンした形です。
もともと島根の出身だったのでお店の名前を「シマネヤ」
にしていたんです。

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※シマネヤさんは出雲大社のすぐ近くにあります。

—そこからは今と同じ場所でやってらっしゃるんですか?

そうですね。ちょっとだけ別の場所もありましたが
今の場所になってからは70年数年ですね。
父親が店を継いだので僕で3代目です。
僕が継いだのは20年ほど前です。

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※シマネヤさんのウィンドウにはたくさんのハンカチが飾られています。

—シマネヤさんを継がれてからはハンカチを持っていましたか?

いや・・・持っていないかもしれんです!

—そうなんですね 笑 では有田さんの記事を見てまた
ハンカチに興味が湧いてくださったんですね。

そうですね。そこからは必ず持っていますよ。

—H TOKYOのハンカチを持ってくださって何か
印象は変わりましたか?

ハンカチを持つだけで楽しいって思うようになりました。
すっごく個人的なものじゃないですか?
自分だけがテンションあがるけん
身勝手に楽しめますしいいなと思いましたね。

—以前デザイナーの赤塚桂子※さんにインタビューさせてもらった際に
飯島さんがおっしゃったようにハンカチは個人的なものなので
そのハンカチを借りた時にきゅんとしたと言うお話がありました。
※赤塚桂子さん 以前のインタビュー記事はこちら

そうですか!それは2枚持ち歩かないといけないですね。
ライブとかで泣いている女の子がいたらすっと出したいですね。
じゃあ今度お客様で男の子がきたら教えておきます。

—ハンカチは何枚くらいお持ちですか?

カミさんは3週間ぶんくらいはあると思うので20枚くらいですかね。
自分はそれよりちょっと少ないくらいです。
二人合わせると40枚〜50枚くらいかな。
ハンカチは兼用ではなく引き出しも別です。
カミさんはリネンだけでも1週間分くらいありそうです。
入荷したリネンの中で「これはいい?」って
先に買うこともあります。

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—奥さまもハンカチを毎日お使いなんですね。

そうですね。
カミさんは1日2枚とか持っているんじゃないですかね。
H TOKYOに出会うまではタオルハンカチ
ばかりでしたけど、今は見たことないです。

—飯島さんのハンカチコレクションの中でH TOKYOは
多いですか?

ほとんどですよ。5,6枚他のがあるかもしれませんけど
それは使わないゾーンですから。
ここ数年H TOKYO以外のは使ってないです。
でも使わないハンカチもなんか捨てられないんですよね・・・。

—ちなみにその使わないハンカチの中に
昔の彼女からもらったものはありますか?

いや実は今回探したんですよ 笑
でもなかったです。25年前ですからね。

—お母様もハンカチはお使いになられますか?

使ってますよ。ガーゼがほとんどだと思います。
買っているんですけど、自分のか誰かにあげるのか分からないです。
すぐ人にあげちゃうんで。

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※飯島さんのお母さま。シマネヤさんでは宝石を担当されています。
丁寧におもてなしをしてくださり、接客の勉強にもなりました。

—お父様も持っていらっしゃいましたか?

持っていたと思います。
なんとなく記憶に残っています。
たぶん出かける時はハンカチって言っていたように
思います。

—飯島さんにはライブを開催したり音楽という側面も
あると思うのですがそれは昔からですか?

ライブなどの企画を始めたのは島根に戻ってからで
16年ほど前からですね。
当時はあんまりライブハウスもなくて
アーティストを呼んだらきてくれたので
そこからは定期的に開催しています。
初めての企画はヒートウェイヴと言うバンドの山口洋さんでした。
交通費と泊まり代だけは出してくれと言う「歌の宅配便」という企画をやっていらして
高校の時から好きだったのでお声がけしました。
大学の時も大学祭の実行委員をやったり、自分でもバンドをやっていたので
なんとなく企画もすんなりできたんですよね。

—わたしたちも以前見せていただいた旧大社駅での
ライブは最高でした!

ありがとうございます。旧大社駅でのライヴをやり始めたのが10年前くらいで
その時に屋号を「大社レコード」にしたんです。
それからはコンスタントに開催しています。年に3本か4本くらいですかね。
ちょっとしんどいです 笑

昨年出演したいただいた寺尾紗穂さんはswimmieでハンカチを作っている
松井一平さんと一緒にライヴをやられたり、ツアーグッズの絵も松井一平さんが描かれていたりして、
あ、こんなところで自分の仕事ともつながってるというのがわかって面白いなと思いました。

まあ、ライブのことくらい眼鏡屋頑張らないとと思っていますけどね 笑
※松井一平さん 以前のインタビュー記事はこちら

—ハンカチにまつわる思い出はありますか?

去年イースタンユースの吉野さんのライブのあと
グレイの眼鏡柄のハンカチをなくして
打ち上げ会場で大騒ぎしていたら
その時のスタッフの子が見つけてくれて嬉しかったですね。
やっぱり眼鏡柄はちゃんと戻ってくるんだと 笑

※シマネヤ看板娘のむぎちゃん。お客様にも大変愛されていました。

ありがとうございました。
これからもぜひ長いお付き合いをしていただけたら嬉しいです。
島根にお出かけの際は
ぜひシマネヤさんにお立ち寄りください。

【取材のおまけ】
今回シマネヤさんにお邪魔して
美味しいごはんもご一緒させていただきました。
地域とのつながりや、人の暖かさを感じ
改めてお店とは?ということを考えました。
とても素敵なみなさんに出会えた旅になりました。

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※飯島ご夫妻とフレンチレストラン、トロントセットの野口ご夫妻。

飯島健太
1969年生まれ シマネヤ店主
眼鏡と犬とロックを愛するアラフィフ。
座右の銘は「Punk is attitude, not style.」

シマネヤ
www.shimaneyamegane.com
https://www.facebook.com/shimaneya/